あゝ、しんど!

昨年末から美子の入浴サービスをしてもらっているMケアステーションの紹介で、明日から別の業者のデイ・サービスを受けることになった。今日その説明にきた若い女子職員はとても感じがよく、明日からのサービスが楽しみである。これまでは家族だけの世話だったが、明日から週一回、入浴や昼食も含めて半日、美子は施設で過ごすことになったわけだ。で、夕食後、明日持たせてやる着替えなどを準備していると、なんだか可愛いわが子の遠足の準備をしている母親みたいな気持ちになった(まさか!)。
 ところがその後、明日提出する契約書などに記入や捺印をしていくうち(利用者用控えを含めると何と全部で46枚もあった!)、そのあまりの形式主義(?)にうんざりし、最後は腹立たしくなってきたのである。署名・捺印などできない利用者本人に代わってのそれはともかくとして、その印鑑が代理人の夫である私の印鑑とは別のものでなければならないとか、だんだん馬鹿らしくなってきたのだ。「ハンコ遊びなんてするんでねえっ!」と心から思った次第。
 挙句の果てに、以下のような意見書まで書いてしまった。せっかく書いたのだから、明日美子を迎えに来る事業所の人から取締役さん(大きな組織で本社は他県にあるそうだ)に渡してもらうつもり。


御意見書

 このたび御社事業所のデイサービスを利用させていただくことになった佐々木美子の家族の者です。どうぞよろしくお願いいたします。
 さて本日、必要書類いくつかに記入・捺印などさせていただきましたが、一つ気になることがございました。お付き合いの最初から申し上げるのはいささか心苦しいのですが、しかし今後のためもあり敢えて申し上げたいと思います。
 それは御社宛ての書類に、みずから「御中」とか「殿」という敬称がすでに印刷されていることです。慣例として特にお気にかけなかったこととは思いますが、福祉事業に携わる御社の姿勢として、やはり奇妙に響きます。
 最近では役所関係でも自らに敬称を使わない傾向がようやく定着してきているところですが、実績・信用をすでにお持ちの御社にもぜひ再考していただければと思います。
 御社のご見解をお聞かせいただければ幸いでございます。
 ところで本日説明にいらっしゃった方をはじめ、当地の御社社員の皆様はすこぶる丁寧かつ親切な方々であり、これからのサービスそのものにはいささかの不安も感じていないことを最後に申し添えさせていただきます。

二月八日

株式会社X代表取締役 Y・Z様

 
 
 書類の煩瑣さが思わぬ飛び火をした感じだが、要はこの会社だけでなく、いまや日本全体にはびこっている行き過ぎた用心深さが腹立たしいのだ。つまり百円ショップの小さなコップにも、これを小さなお子さんに持たせないでください、とか飲料目的以外には使わないでください、とか、アホらしい注意書きがびっしり印刷されている。何のことはない、ほとんどあり得ないクレームにも対処できるよう万全の備え(実は警戒)を期しているわけだ。アメリカ並みの訴訟社会到来に備えて。
 果ては、テレビでしょっちゅう報じられるような、社長以下上級社員の謝罪パフォーマンス。でも医療関係や福祉関係までその悪弊が広まっちゃっちゃ世も末ですぞい。生命保険の約款みたいに先を見越した過剰なまでの自己保全の姿勢がそこまで来ちゃっちゃーこりゃいけません。病院と患者、福祉事業所と利用者・その家族は、本来は契約関係じゃなくて信頼関係とちゃう?
 もちろん最低限の契約は必要でしょう。でもそれが行き過ぎると、あれっ本当に要介護者を親身に世話してくれるの、それとも事業? つまり商売? と疑がっちゃいます。
 言葉も意思表示もできない美子を頼むんです。祈るような気持ちで頼むんです。誠心誠意お世話していただけることを願ってます。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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あゝ、しんど! への2件のフィードバック

  1. 宮城奈々絵 のコメント:

    ばっぱさまの言葉…「しっかりまじめにやりましょう」を学ばないといけない場所がこの日本にはたくさんありますね。
    信頼や誠心誠意が必要な場所で、それらが足りないところがたくさんあるように思います。
    私が関わっているNPO法人運営の幼稚園も、ハンディキャップのある子ども達との統合教育や地域の子育て支援、学童期の子ども達への文化事業など、この地で40年間取り組んできましたが、国が「新こどもシステム」へ移行し、保育園と幼稚園を統合するとかで、今まで自治体から頂いていた、ほんの少しだけの子ども達への助成金も一切なくなってしまいました。
    新システムへの参入を目指すようにする為ですが、移行までの期間がまだまだあるのに…と思います。
    お上の意向ですから、従うしかないのですが、助成金がなくなることで起きる、子ども達への影響を「しっかりまじめに」考えた上での決定ですか?と真面目に聞いてみたいです。
    一方的な話でも、怒りは湧いてきませんでしたが、真摯に問うてみたいです。

    追記:澤井さん、お帰りなさい!報告を聞けるのは今か、今か、と待ちわびていました。たくさんの嬉しいお話、聞けるのを楽しみにしています。

  2. 阿部修義 のコメント:

    「信頼関係」。意外に築けるようで築けないのが信頼関係じゃないでしょうか。私が感じるのはお互いの「本音」でコミニケーションできないと信頼関係は築けないものなのかもしれません。いつも先生のモノディアロゴスを読んでいて思うんですが、今回もデイサービスの事業所に先生が問題点を指摘して意見書を書いています。S会、郵便局、友人、全て先生の「本音」を相手に伝えています。先生のそういう姿勢は私には大いに勉強になります。「本音」を言うという、ほんの少しの勇気が確固たる信頼関係をつくる秘訣なのかもしれません。今、社会問題になっている家族関係の悲惨な事件なども「本音」でお互いに話せないことが原因になっているように思います。

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