この一週間

夜珍しく十和田の兄から電話があった。しばらくモノディアロゴスを更新していないので安否を気遣ってのものだった。最後が16日(土)だったから、確かに一週間書かずに来たわけだ。だが幸いなことに、体調を崩していたわけでも、家のだれかが病気などしていたわけでもない。ただ何やかや忙しくしているうちに、いつの間にか一週間が過ぎただけである。
忙しかったといっても、何か大きな仕事があったわけでもない。いくつか小さな出来事が次々と続いただけ。でも思い出そうとすると、はてそれらが何だったのだろうと急には思い出せない。近況報告のつもりで、アットランダムに、しかも後先構わずに書いてみよう。
 まず手こずっていたのは、初めて手にしたデジタル録音機との悪戦苦闘である。TASCAMのLiner PCM Recorder DR-05という確か8千円くらいの録音機だが、テープの場合とは違って説明書がやたら専門的でさっぱり分からない。以前なら、それでもなんとか操作出来たろうが、今回はとても無理。録音も、もちろん再生もできずギブアップ。とうとう■に来てもらったが、彼もその場では出来ずに家に持ち帰った。しかしさすが若いだけでなく機械にも強い彼だ。二日後に来て、かんたんに録音・再生を見せてくれた。
 だが目の前で操作してもらったはいいが、機械に強い人の多くがそうであるように、彼も私のような機械音痴に教えるにしては教え方が早すぎる。手品を目の前でやってもらったようなもので、急いでいくつかポイントを記録しようとしたが、書きながら後から読んでもわからないだろうな、といった程度の走り書きにすぎない。
 しかし正しく設定されたのであろう、彼が帰ってからなんとか録音も再生もできるようになった。申し遅れたが、この録音機はスペインに私の音声を送るためのものである。もう書いたような気もするが、ちょうどスペインに帰省するJさんに対してなされるスペイン・テレビのインタビュー番組に使われるものである。当初テレビ局としては、スタジオのアナウンサー(と思う)クリスティーナさんと私がスカイプで直に話し合いをする形にしたかったようだが、私の会話力はとてもそれに耐えられそうもなく、次善の方法として、あらかじめ伝えられた質問に私が答えた日本語の原稿を、Jさんがスペイン語に訳し、それをあたかもその場で答えたかのように私が録音した音声を使って番組作りをしてくれるそうなのだ。
 さあ、録音が出来ても、それをパソコンに取り入れ、しかもそれをメールに添付して送らなければならない。そこらへんの操作は録音機の説明書に分かりやすく書かれているわけでもない。さあ、困った。当初は、■に再度、じゃない三回目の往診(?)をしてもらうつもりだった…。こんなことを説明するだけでこんなに書く羽目になって、少々疲れてきた。思い切って端折るが、何と今日の午前中、すべての作業を一人でやってのけたのである!どうです、偉いっしょ。
 といってスペインにいるJさんに送るのが一度で成功したわけではない。初め何度試みても「失敗しました」との表示が出るだけ。でもここが私の偉いところ(?)、もしかして容量オーバーかなと気づいて、それでステレオ録音をやめてモノラル録音に切り替えたのだ。するとどうだ!無事送れたのだ!
 ほんとつまらぬ報告を長々とすみません。この一週間にあった他のことの報告はおいおいさせていただくとして、今日はこれにて失礼します。どなた様もお変わりなくお元気でしたでしょうか。またよろしく。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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この一週間 への1件のコメント

  1. 阿部修義 のコメント:

     先生のお兄様が中国語版で『原発禍を生きる』を出版される時にお祝いのコメントを言われていたのを覚えてます。旧約聖書の言葉を引用されていました。

    「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある」

     非常に深い言葉だと思います。先生がスペイン語版の『原発禍を生きる』を出版されることも何故か私には、お兄様が贈られた旧約聖書の言葉がピッタリ合うように思います。

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