断想いくつか

世の中、とりわけ政治の世界は完全におかしくなってきた。どうだろう安倍首相の言いたい放題。国会中継などめったに見ることはないが、先日たまたまひねった画面に首相答弁の場面が出てきた。なに? 積極的平和主義だと? よくもまあぬけぬけと、言ってくれるね晋ちゃん。つまりものは言い様ということ。ああ言えばこう言うの典型的なパターン。減らず口叩く青臭い若造の論理。つまり実質が伴っていない、勢いだけの論法。
 昔なら少々品が悪くとも、しかしドスの効いた野次が飛び交っていたものだが、最近の議員たちの、なんとまあ、お行儀のいいこと!
 或る人から聞いた話だけど(こういう話は意外と本当の場合が多い)晋ちゃん、例の持病の特効薬にはかなりの興奮剤が混入しているらしい。つまり神経が異常に亢進するやつ。たまったもんじゃないっすよ、調子こいた男に国が変な風に舵取りされちゃ。
 まだまだ死ぬつもりはないけど、でもこれまで忙しさにかまけて気になりながら確かめてこなかったことを少しでも減らしたい、なんて思うことがある。いやなにも、一度は行きたかったところに行ってみたいとか、名前を聞くだけでまだ口にしたことのない御馳走を食べてみたい、なんてことではない。美子にこのまま長生きしてもらって、美子の死んだ直ぐ後に死ねるなら、この先ずーっとこの陋屋からせいぜい500メートル(いや千メートルかな)範囲の空間内で一生生きる覚悟は既にできている。一生獄舎に繋がれている人に比べれば、それでも御の字、極楽みたいなもんだ。
 今晩、とりとめもない物思いの最中、急に一冊の本のことが気になり、はてそれは何という本だったか、しきりに思い出そうとした。最近めっきり記憶力が減退してきて、このまま一つ、また一つと記憶から消えていくのは嫌だな、何とか思い出せ、とばかり頑張っているうち、先ずその本の著者名が浮かんできた。そうだロナーガン(Lonergan)だ。そして本の名も続いて…Insight
 なぜそんな本のことが気になったか話せば長いのでごく要点だけ言うと、むかーし昔、五年で挫折した修道生活の中で、哲学や神学を学ぶ先輩や友人たちの間でひときわ神秘の光暈に包まれた書物(そして哲学者)があった。それが『インサイト(洞察)』、そしてロナーガンだった。ロナーガン、確かカナダのイエズス会士。ものすごく難解、しかしとんでもないほど革命的な洞察に満ちた本という噂、というより神話が哲学生や神学生の間でささやかれていた。
 いわゆる哲学研究の世界に飛び込むだけの頭がないし、その気もなかったので、当時は手に取ることもなかった本だが、それがどうしたことか急に気になりだしたのだ。いまさら手に入れたって読みもしないのに、でも気になる。どんな本だったか知らないで死ぬのは嫌だな、とまで気になっている。
 まさかと思いながらアマゾンを覗いてみました。それがあったんだなー。しかも中古でまあまあの値段で。でも買ってどうするの、読みも、いや読めもしないのに。英語だよ。
 そんなつまらぬことにこだわっていたら、死ぬまでやることいっぱい、大忙しだよ。(もしかしてそれが付け目かも。つまり忙しくて死ぬ暇も無くなるってことが…)


【息子追記】ロナーガンの研究者として教壇に立ったペレスヴァレラ先生の帰天を今日知った。私も先生のロナーガンの講義を受けた。「お嬢ちゃん」の掛け声を思い出します。大学入学時、SJハウスでコップ一杯のグレープフルーツジュースを父と私にふるまってくれたことも。今、父とともにいらっしゃることに慰めを受ける。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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