ひかりごけ

またぞろ病気がぶり返した。お恥ずかしい話だが、同じ屋根の下に棲息する珍獣バッパさんとのバトルでストレスが溜まったせいかも知れない。いやなに、病気といっても、今回のは身近にある革製品を解体して本の背革にすること、たいてい仕事に行き詰まったときとか、ストレスが溜まったときに再発する一種の病気である。外に勤めを持っていたときは、それこそ空いた時間にそそくさと「仕事」(革職人とか表具屋がもしかすると「天職」だったのかも知れない)をしたが、今は朝からたっぷり時間がある。家内がスペインで買った古いバッグを解体してできた革、そして猫のミルクがその上でオシッコをして使い物にならなくなった出羽絹の反物がたっぷりある。標的はとりあえず徳富蘆花の『自然と人生』(岩波文庫)と新潮日本文学の『武田泰淳集』の二冊である。文庫本の方は表紙が薄いのでその強化のために出羽絹を表裏の表紙に、そして背にスペイン製なめし革を貼った。超豪華本一丁出来上がりーっ。次に泰淳さんの本。しかしこちらはもともと布表紙だから背革を貼るだけで完成だ。
 いや半分病気の「仕事」の報告をするつもりではなかった。先日のテレビドラマ「北の国から―2002遺言」で倉本聡がさり気なく挿入した一つの場面が気になっていたのだ。羅臼で純と結が訪れる洞窟のシーンである。倉本聡は間違いなくあの場面で武田泰淳の名作「ひかりごけ」を意識していたのではなかったか。
 もちろんアイヌ問題と同じく、この小説の題材となった陰惨な人肉喰い事件など、文部省特選になってもいい国民的ドラマ「北の国から」にからませなどしたら、ドラマそのものがその重さに耐えかねて空中分解してしまうであろう。しかし北の国の風土が本来的に持っている原初的かつ壮大な人間ドラマは、さだまさしのあの甘美なメロディーの背後にも間違いなく存在していることもまた事実である。羅臼とはアイヌ語のライシ、すなわち鹿や熊を屠殺した場所(臓腑が散乱する低地)を意味する。役の名は忘れたが、唐十郎扮するトド撃ちの名人は、おそらくこのライシという地名の由来を聞いて作家の頭の中で像を結んだ人物であろう。
 ところで武田泰淳という作家、私見では戦後派の中で最も宗教的な深さをもった作家だと思う。彼に比べるとあの有名なカトリック作家など足元にも及ばない。もちろんこんな比較など意味がない。これを機会に再読してみよう。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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