平和のジュエリー

 「変なおっちゃん」の『新戦争論 “平和主義者” が戦争を起こす』(光文社、1981年)なるものを新刊カタログで探したが絶版のようである。それなら、と「日本の古本屋」で検索。ありました。しかし、なななんと3,500円と3,990円の二冊だけ。初版が600円のはずだから6倍近くの高値になっている。どうやらオルテガに関する部分は全200ページ中の20ページくらい、となると志摩の素人哲学者が引用したものに毛が生えたくらいの分量か、それじゃ大枚3,500円なりはドブに捨てるようなもの(失礼!)。
 それに、おっちゃんが第二次世界大戦後のオルテガに言及しているのを読んで(もちろん引用で)、おっ、このおっちゃんなかなか勉強してるじゃないの、と早とちりしたのだが、実はそれら情報は色摩力夫の『オルテガ』(中公新書、1988年)に書かれてる情報と重複していることが分かった。おっちゃんが先か色摩氏が先かは分からないが、その『新戦争論』カバーに山本七平と一緒に推薦文を寄せているホセ・マリア・アララギなる人物の本名が色摩力夫らしく、つまり両人は以前から親しい仲なのだろう。結論=だから『新戦争論』に大枚をはたく必要なし。
 ところでその色摩力夫の『オルテガ』を久しぶりに手に取ってみたが、巻末に鉛筆で以下のような覚え書きを記していた。

 「私のオルテガ像とはまったく異なるものだが、しかし政治の場にいる著者らしく、オルテガの文明論・政治論をかなりよくソシャクしている。初めに考えていたより、かなりマシな論考となっている。それにしても私自身のオルテガ論を進めなければ話にならない。 1988年9月27日」

 その同じ新書からそれよりずっと前にオルテガ論執筆の誘いがあったのに、力不足からとうとう書かずじまいだったのだから、偉そうなことは言えない。だからなおのこと、今回は少なくともまともな「解説」を書かなければならない。実は中公ブックス版の『大衆の反逆』(寺田和夫訳、2002年)に書いた解説は、私としてはかなりいい線を行ってると自負しているのだが、今回はそれを越えるものにしなければ。
 ところで今回改めて知ったのは、インターネット上に探しようによってはかなり有用な情報が流れているということである。
 そしてついでにこんな情報も拾ってしまった。すなわちアメリカ・インディアン「黒熊」族のジュエリ―製作者(メタルワーク)のトマス・バニヤッカの父は、第二次大戦中の広島・長崎への原爆投下を予言した人物で、その自然観、平和主義の思想が息子トマスの作るジュエリーにも込められているそうだ。そしてそれを販売する会社がオルテガ社(!)だと。そのメタルワークの写真入りカタログもネット上に見ることができる。おっちゃんの本を買うなら、トマスさんのジュエリーを買った方がいいかも。

※ いま手元に無いので確かめようがないが、たしか1980年代の初めころ、雑誌『中央公論』にオルテガの戦争論について(二回に分載だったか?)書いた中原與一郎なる人物も色摩力夫のペンネームかも知れない。もしそうだとしたら、この人たちこそ「何ものかを恐れはばか」ってるのかな。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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