いのちの初夜

がんセンターへ出立の朝、母に別れを告げて
2018年12月17日朝8時半

 2年前の12月17日、父を車に乗せ、宮城県立がんセンターに入院させました。仙台(名取)から帰宅したその日の夜、父のパソコンを開くと(入院中のメール対応はすべて息子に託す)、西日本に住むある方からメールが届いていました。18時10分の受信。父を元気づけるため、さっそく病床の父の携帯にメールを転送しました。

 父の死後、遺品の整理に父の携帯を開くと、父の返信メールがあることに気づきました。いつもは慣れない携帯メールは誤変換がつきものだったのに、父はボロボロの身体で簡略ながら誤字のない強い決意のこもったメッセージを送っていました。
 先日、このメールを送ってくださった方からお便りがあり、改めてこの時のことをお話ししてくださいました。私は、最後となったこのメールのやり取りと、死後2か月していただいたメールを、父を偲ぶためぜひモノディアロゴスでご紹介させていただきたい旨お伝えし、ご快諾をいただきました。以下にご紹介いたします。



佐々木先生

大変ご無沙汰しております。「モノディアロゴス」で先生を知り、時々、メール交換させていただきました。「モノディアロゴス」から多くを学び、先生から直接、ご著書をいただいたりもしました。

私が母の旅立ちを見送ったのが3年前の6月。その後、表立って支部立ち上げの行動をしない自分のふがいなさや後ろめたさもあり、先生には「しばらく時間をください」という趣旨のメールをお送りした後、メールをするのは控えておりました。が、「モノディアロゴス」にはずっと立ち寄り、勉強を続けておりました。「モノディアロゴス」を、ただ通り過ぎていった一人、ではありません。

先日、先生がご入院なさることを知りました。が、やはりメールは憚られ、手紙を書こうと思っておりました。が、忙殺されている間に、もう今日は入院なさったご様子。手紙だと遅くなる一方なので、思い切ってメールを送らせてもらおうと思いました。お許しください。

先生が、無事に治療を終えて退院なさることを心からお祈りしております。そして、元気に発信を続けてください。昔、ご縁のあった方が障害のあるお嬢さんとのことを『娘より三日間長生きしたい』という手記にまとめられ、発刊されました。佐々木先生も、美子さんを残してはいかない、と思っていらっしるのは重々承知(私よりはずっとずっと強い思いで)ですが、ほんと、私も許しませんよ! どうぞ、どうぞ、元気な姿を、ご家族に、モノディアロゴスの皆さんに、そして美子さんに見せてください。再度、心よりお祈り申し上げます。


メール嬉しく拝見しました。今晩が命の初夜です。絶対に負けません。今後とも応援頼みます。                        

2018/12/17 19:55送信

2018年12月18日午後、気管支鏡検査に向かう直前。生前最後の父の写真



2019年3月8日(金) 18:05

佐々木さま

お父様の佐々木先生ご逝去の折は、ご丁寧にお知らせくださりほんとうにありがとうございました。もう2カ月以上が経ちましたね。悲しみは癒えることはないでしょうが、お父様の魂と共にある心強さと安らぎの中でご家族の皆さん、お暮しのことと拝察しております。そして、人生のパートナーとして歩み続けてこられた奥様の美子さんも、魂を共にする穏やかな時間の中にあることをお祈りいたしております。

(中略)

私は先生と直接お話しすることもなく、ましてやお会いすることもありませんでした。東日本大震災の後、あるメルマガを通じて先生のことを知り、思い切ってメールをさせていただいたのをきっかけに、その後、何度かメールや手紙を交換させていただきました。最後は、先のメールでも申しましたが、入院された日の先生に、いたたまれない気持ちになって不躾にも久しぶりのメールを送ってしまいました。先生は怒るでもなく、無視するでもなく、わざわざ喜んでくださった旨を返信くださり、その日を命の初夜をとらえている覚悟まで語ってくださいました。

研究者であり、思索家であり、文学者でもある先生の言葉は、私には難解なことも多く、これまで先生からいただいた言葉に自分の蒙昧さが白日にさらされるようで忸怩たる思いに駆られたことはありました。しかし、どんな時でも、先生からいわゆる “上から目線” で言われているような息苦しさを感じたことはありませんでした。
先生は「魂の重心を低く」と語っておられましたが、私のような者にも優しく接してくださったのも、その表れの一つと思っております。先生は時に瞬間湯沸かし器のスイッチが入るがごとく辛辣に論じたり、他者に怒りをぶつけることがあったご様子ですね。が、それも世の中の不正義、理不尽、人間としての言動の醜悪、無責任に接した時だけだったのでしょう。
これもモノディアロゴスにあった言葉、ないしは、先生の著書にある言葉だと思うのですが(記憶があいまいで申し訳ありません。メモの中からです)、「人と人を強く結びつけるのは、たとえば何に感動するかとか、どんなものが好きか、ということ以上に、何に対して闘いを挑んでいるか、あるいは何に対して真に怒っているかが決定的要因だと思っている。」と。
私は、先生と同じようなことに感動し、また、怒る人間だろうと自負はしています。が、先生のように真に怒ることができず、怒っても行動に至ることなく、日本人的な「仕方ない」「忘れよう」「あきらめよう」に落ち着いてしまう人間のように思います。そして今は、怒るより自分が直面することへの関心にのみ終始しています。というのも、業界の中層で活動するフリーランスのコピーライターという、社会的・経済的に不安定な身を選び、今、老齢期を迎え、人生の落とし前をつけるべくもがいているからです。
でも、そんな私の心の「錦」として、あるいは、やはり「戒め」として、モノディアロゴスに立ち寄り続けようと思います。
淳様には、お父様の言葉を再掲したり、ご自身にもあふれてくる思いを吐露したりしながら、少しずつ少しずつ、前へ進んでいただければと思っております。大阪弁で言えば、「まあ、ぼちぼちやっていきまひょ」ですね(笑)。
僭越なことを申し上げ、また、長々と綴ってしまい、大変失礼いたしました。お互いに健康に気をつけて、春の陽気を待ちながらしっかりやっていきましょう。お元気で。

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