怒り心頭に発してます 

午後、何時ごろだったかもう忘れてしまったが、いつもの明るい声で帯広の健次郎叔父が電話をかけてきた。今晩NHKで南相馬の特集があることを知らせてきたのだ。これまでも南相馬に関連する番組があるときは、知らせてくれるのが習慣になっている。しかし残念ながら、せっかく知らせてもらっても、たいていはつまらないか的はずれのものが多く、それだけならいいが腹が立つものが多い。
 今晩も多分そうなるかな、と思いつつ、しかしちょうどDVDのコピーを5枚ほど作るのにパソコンを使っているときなので、時間つぶしについ最後まで観てしまった。タクシー運転手や酪農家をいわば狂言回しに使っているところなど、なかなかやるな、と観ていった。事故発生から今年の正月あたりまで、時間を追って「原発事故最前線の町」の様子を、それなりに面白く撮っているのだ。
 おっ俺の住んでいる町も意外と自然がきれいじゃん、などと感心しているうちは良かったが、一時間番組の最後が近づくにつれ、そして観終わってから尚更、なぜか急に怒りがこみ上げてきた。なんじゃこれっ! よくもおいらの町・南相馬をコケにしてくれたな、という怒りである。
 あらためて振り返ってみると、南相馬を未来の無い悲劇の町として印象づけるための映像がいたるところに使われていた。飲み屋の赤提灯だけが目立つ閑散とした夜の町、そして酒場の中では成人式を終えた若者たちの自棄的なセリフが飛び交う(倉本聰の劇やってんとちゃうぞ、甘ったれるんじゃねえ!)。たぶん新田川とおぼしき川面に産卵のため上ってきた鮭が、役目を終えて累々と屍をさらす場面。失職した若者が辛うじて除染作業の仕事を見つけ、マイクロバスに乗り込んで雪の中を20キロ圏内の現場へと向かう場面……それにあの意味ありげな暗ーいBGM。
 南相馬に同情の涙を流さないではいられないような作りになっている。案の定、人の良いわが叔父は早速電話で「たーちゃん、悲しいねー」などと言ってきた。
 何をおっしゃるウサギさん、じゃなかった叔父さん、私ゃーこれ観て怒り心頭に発してますぞ。NHKも実に下らない番組を作ったもんだ。こんなものしか作れないなら受信料なんて払いたくなくなった。なんです、このお涙頂戴の、情緒纏綿たる安手のドキュメンタリー。別にこのオジサンいやオジイチャンのところに話聞きに来なかったからイチャモンつけてるんじゃありません。
 (あっもう零時を回っちゃった。今晩はゆっくり心安らかに寝ようと思ってたのに、これじゃ腹が立ってなかなか寝れそうもない。だからもう少し続けます。)つまりこのドキュメントの中に嘘は、あるいは間違いは一つも無いでしょう。しかし現在の南相馬という町を捉えるたくさんの視点の中から、希望のない悲劇的な面だけを選りすぐって繋いでいる。悪意がある? いいえ、ただ頭が悪いだけとちゃう? 
 南相馬の健康的(?)な面、原発禍にめげずに元気に頑張っている市民や町の活気はひとつも描かれていない。これを観て、戻ろうかな、と思っていた人も二の足を踏むだろう。いや、ついだだから言っておきます。爺ちゃんは、戻りたくない人に無理に戻ってきてもらいたいなどとは天から思ってません。先日の新聞が報じていたように、三十年後、人口が半減したって一向に構いません。むしろ過疎の町を逆手にとって、実にユニークで風情のある町になるよう微力を尽くしましょう。
 ついでに言いますと、そうした悲観的な見通しを発表したのは、どこかの女性准教授らしい。だからわたしゃ前から准教授っちゅうもの好きくありません。目立ちたがり屋で…これ元老(もとろう)教授の八つ当たりのツブヤキです、無視してくだされ。
 要するに、叔父さんにも言いましたが、どうかこの番組を観た人、間違っても南相馬をそんな目で見ないでください。ほんとはもっと希望に燃えた元気な町ですよ。他の皆さんにもぜひそう伝えてください。
 やーめた。馬鹿らしくなってきた。下らない番組に本気で怒っても意味が無い。NHKに抗議の手紙かメール? アホらしい、そんなことに時間と労力使うほど、こちとら暇じゃありません。あーあ、ごせやけっこと、今晩は酒でもかっくらって寝よっと。

※今朝の追記
 昨夜十時からの一時間番組、NHK『南相馬 原発最前線の街で生きる』の後味の悪さはまだ尾を引いている。これから他の町、他の人のものであれこの種のドキュメンタリーを観るときはよほど注意しなけりゃ、との貴重な教訓にはなった。つまり一つ一つの画面には嘘はない、しかし全体がとんでもなく現実をゆがめていることの格好の見本。ディレクターが誰か、など詮索するつもりはないが、要するに頭が悪いとしか言いようがない。もちろんこの場合の「頭の悪さ」はIQのことではない、バランス感覚、一つの対象の全体を見通せない、物作りには致命的な欠陥のことである。
 もしかして若いもんが録ってきた映像を編集室だけでまとめたのかも知れないが、今後よほどの人間観察・社会観察の修行が必要。
※追記の追記
 これはもし悪意があるなら、個人レヴェルであれば名誉毀損に当たるが、いかんせん下手に真面目に作っているのでかえって性質(タチ)が悪い、ボディーブローのようにじんわり利いてくる。クヤジィーっ!

★夕方 追記の追記の追記
 ある報道関係者が昨夜から今朝にかけての本ブログを読まれて長文のメールを下さった。もちろん私信であるし、また昨夜のドキュメンタリーを見ない段階での見解でもあることをお断りした上で、私だけのものにしておくのはいかにももったいないご意見なので、ほんのさわりだけを紹介させていただく。

小生はこの『南相馬』の番組を見ておりませんし、…ので何とも言えませんが、まぁ、大方の予想はつきます。
 最近の <ドキュメンタリー病>、特に、震災関係のドキュメントの深刻な<病い>は、<感動病>、<ちょっと寄り添ってみました病>です本当の意味でのドキュメンタリーは、<こういうことが起きることになってしまったそもそもの原因は何か>、<個人の生きる権利と、それを鷲掴みにするのが当たり前と言った顔をしている『国家』の正体とは何か><誰が責任をとらずに逃げようとしているか><誰が相変わらずぬくぬくとした生活を守ろうとしているか>を突き止め、しっかりとした<反省>と<軌道修正>をすべきところになると思います。さきの太平洋戦争でも結局、ここをやらずに放ってきてしまった。もう60年以上がたち、この時間を取り戻すことは不可能になっています。
 今回の震災でも、同様だと思っています。まずは<国家>なるものの<無責任体制>をしっかりと暴くこと、そして、そうした蹂躙の中でも、人間の<生>としての営みを営々と続ける人々がいるのだということ、彼らがどのような価値観や感情を抱いて<生活者>として踏ん張っているかを伝えること・・・こうしたことが<一過性の旅人>たるメディアはきちんと見るべきではないだろうかと自戒しています。
 復興や再びの街の活性化という議論も、いつも、補助金や復興資金がどれくらいどこに落とせればいいか、などといった議論ばかりです
 それも大切なマテリアルではあると思いますが、一方で、佐々木先生が書かれているように、ふるさとや生まれ育った町で暮らす喜びや生き生きした人々の顔、こそが、いったんその地を離れた者たちの心の奥底に働きかける<帰郷>への希望と<生活再建>への勇気を促すのではないでしょうか。ここでも<カネ>や<モノ>ばかりが議論され、人ひとりひとりの<心>や<気持ち>がまったく見過ごされていると感じます。震災前にやってきたことと同じです。
…中略…
 先生も指摘されていましたが、一番、震災後に怖いのは、個別に立ち上がろうとしている人々や日常を暮らしている人々を、再度、<がんばろうニッポン>などという掛け声のもとに全体主義化して束ね、より強力で強引なリーダーシップを熱望する世論を形成してゆく<社会>のありようそのものです
 現実問題、人権よりも国家主義、ひとりひとりの人間よりも民族主義、という主張を標榜する<強いリーダー>が、日本中で湧き出してきています。これには本当に警戒が必要だと思います…」

 ほんのさわりだけと引用していくうち、これも、いやこれもと、結局半分くらい引用してしまった。お見事! 素晴らしい! こういう頼もしい報道関係者がいると知るだけで勇気が出てくる。昨夜来のモヤモヤもいつの間にか消えてしまった。ありがたい!

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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怒り心頭に発してます  への6件のフィードバック

  1. 宮城奈々絵 のコメント:

    先生のお怒り「そうだ!!そうだ!!」です。
    最近は特に注意して、民放テレビを見ないようにしてます。誤って見てしまうと、数々の映像に、あの日の哀しみが引きずり出されて、いつの間にか見入ってしまい、再び希望が持てなく泣き暮らした日の気持ちに戻ってしまうんです。私にとって全く無意味なことです。
    特に、「応援」を掲げながら、視聴率争いの材料に震災や原発禍を取り上げる、その姿勢にも腹が立ちます。本当に、流すべきは別のことだと思います。
    私の実家は最近自治体の順番が来て、取り壊し更地になったのですが、津波の痕跡を消し去ったからか、両親はスッキリと笑顔で更地の前で写真を撮っていました。(私は淋しさがたんまりとありましたが…)
    テレビが求める被災者の姿ではないですよね。
    でも、私は「これでいいんだ」と思います。少しずつ進んでる姿なのだから構わない、と思うんです。
    先生が怒って下さり、スッキリしました。

  2. Salvador のコメント:

    Hola, profesor Sasaki.
    Le escribo desde España y me gustaría hablar con usted de algunos temas relacionados con la ciudad donde vive. Le he conocido a través de un vídeo emitido en televisión, así como por un antiguo alumno suyo.
    Por favor, escríbame con una dirección de mail a la que poder dirigirme.
    Muchísismas gracias. un saludo.

  3. Takashi Sasaki のコメント:

    Hola,amigo español.Tanto gusto en conocerle. Era profesor del pensamiento español,pero como ve ,soy muy pobre en hablar y escribirlo. Estoy solamente acostumbrado a leer español,pero esto tambien ahora es muy pobre dejado la universidad hace ya diez años. Pero como he dicho, me alegro mucho así de tener amigo español. Trataré de expresar a usted lo que pienso y lo que quiero decirle.
    A propósito mi nombre verdadero o civil es Takashi Sasaki. ¿Puede usted entender japonés? Tal vez no. No importa. Vamos a comunicarnos hablando de muchos problemas que nos amenazan hoy.
    Ud.dijo de un vídeo emitido en televisión. ¿Puede explicarme de ese vídeo más?
    Hasta pronto.
    Su nuevo amigo Fujiteivo(fugitivo). Mi dirección es fuji-teivo@nifty.com

  4. 紅宝石 のコメント:

    はじめまして。
    南相馬へは、ボランティアとして、20回ぐらい訪れました。
    南相馬に関するNHKのドキュメンタリーを見ましたが、僕が見てきた南相馬とのギャップを感じ、違和感を感じました。
    放送に携わるものとして、撮影されてきたものに嘘はないが、あまりにもストーリーを作りすぎたと思います。
    局所しか見ていない気もします。
    日常に戻るということは、なかなかニュースにならないし、ドキュメンタリーとして、扱いにくいのかもしれません。
    最近のツイートを見ていると、誤った認識のまま、リツイートしている方をよく見かけて、残念に思います。
    これからも、南相馬への支援を続けます。

  5. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    紅宝石さん、もう20回も南相馬にいらっしゃっているとのこと、本当にご苦労様、そしてありがとうございます。また私の言わんとしていることを寛大に理解下さり、嬉しく思います。どうかこれからも南相馬のことをよろしくお願いいたします。お元気で。

  6. 佐々木真樹 のコメント:

    初めまして。知人のツイートで、このブログの記事を知りました。
    問題の番組は見ておりませんが、だいたい見当がつきます。
    福島市大波地区の放射性物質汚染についても、おなじような手法がありましたので、推測ですがおそらく同じプロデューサーが係わっているのではないかと思います。
    大波地区への取材は「悔し涙でしめくくる」という「ラストシーンの絵」を撮るためだけの取材といってもよく、取材された男性が言葉に詰まり、涙ぐむまで質問が繰り返されたようです。

    最近、「犬がひとを噛んでもニュースにはならないが」という戯言を思い起こすことが多いです。福島で普通に日々を送っているのは、たしかに「絵」にはなり難い。でも、1年前に知人が津波で亡くなっていても放射性物質があっても東京電力や政府に対して怒りを感じていても辛くても、朝ごはん食べて子どものお弁当作って仕事に行って、って日々、たしかにあるんですよね。

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