爽やかな午後である。昨年までだったら美子を散歩に連れ出す時刻だけれど、いま美子は布団の中で昼寝の最中である。歩けるときだったら、美子を後部座席に乗せて出かけたはずだが、車椅子になってからはまだ車で外に連れ出したことがない。毎木曜にデイ・サービスに連れて行ってもらうことをいいことに(?)、もう少し暖かくなってから、と延ばし延ばししているうち、もうすぐ六月の声を聞く時節になってしまった。
一回連れ出せば、あとは楽になるのだろうが、その一歩が踏み出せない。毎日が綱渡りのような生活だから、生活の軌道(つまり綱)から一歩でも外れることがなかなかできないでいるのだ。
午後の柔らかな日差しを枕元に受けて安らかに寝ている美子を残して、今日は偵察だけと自分に言い聞かせながら夜の森公園に行ってみた。およそ半年振りである。珍しく駐車場にかなりの数の車が駐車している。テニス・コートを使っている人たちのものらしい。ポーンポーンという乾いた音を聞くのも久しぶりである。
しかし上に登って行くと、あたりにまったく人影が見えず静まり返っている。昨年、事故のことで騒然としていた時でも必ず人影があったのに。広場中央の子供二人の彫像もまだ戻ってきていない。と、中央近くの草むらに見慣れぬものが立っているのが見えた。小さなソーラーパネルのようなものを載せた白い郵便ポスト状のものである。いつの間に設置されたのだろう、間違いなく線量計である。
近づいていくにはいくが、少し怖くもあった。つまりいつの間にかこのあたりの線量が高くなって、人が近づかなくなったのではないか、と怖れたのだ。しかしそれにしては下のコートが使われているのはおかしい。午後の光が反射して、線量計パネルの数字がよく見えない。えっ8.20!!! まさか、事故後だってそんな高い数値になったことはないはず。手を翳しながら良く見ると、なーんだ0.20(マイクロシーベルト)である。最初の0の真ん中が割れているように見えたのだ。
それにしても設置の意味が分からない。事故後しばらくであったら、さらなる事態の変化の可能性があったかも知れない。しかしいつからか数値は安定し、以後は自然に漸減するだけであったはずだ。「この公園一帯は低い線量なのでご安心ください」、の一枚の立て看板で済むことではないか。みみっちいことを言うようだが、こんな線量計だって馬鹿にならない費用がかかっているのではないか。
公園に憩いを求めにきたのに、広場の真ん中にこんな線量計をぶっ立てて、忘れたい放射線をまたもや思い出させて、いったい何の意味がある? 体重計にしょっちゅう乗ることがダイエット効果のあることは知られている。しかし放射線を絶えず意識させて何の効果を狙ってるの?ダイエット効果? まさかね。
はっきり言わしてもらおう。世の中いろんな人がいる。スーパーあたりでもマスクをかけてキガキガした(つまり貞房用語では目を釣りあげて神経質そうな、を示す擬音語・擬態語です)おばさんがいます。こいういう人が役所に要求するんでしょうな、線量計の設置を。おばはん、どうぞどうぞ首からでも、腰周りでも、性能の微妙に違うたくさんの線量計をギッチラ(これも貞房語です)着けて歩いたら? ガチャガチャ、ケロンケロン、と騒がしい音立てて。でもそんな音立てるなら、「ケセラン・パサラン」の歌でも爽やかに歌ってみたら?
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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夜の森公園というロマンティックな響きを醸し出す印象には線量計パネルは似合いません。『原発禍を生きる』の中でも触れられていた子供二人の彫像が未だに戻っていないことに驚いています。しかし、相手は機械ではなく人間という視点で考えると線量計より彫像の修復の方が先だと私は思います。先生と奥様が馴染みの公園で日向ぼっこしている姿が何故か思い浮かびました。